2010年5月 9日 (日)

20100413 英国経済は「再均衡」されなければならない

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英国経済は「再均衡」されなければならない。
マーチン・ウルフ
2010/4/13

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英国経済の病状はどの程度のもんだろうか。経済政策の課題は何だろうか。私には、これら質問が、マーガレット・サッチャーが権力を握った1979年以降のどの一般選挙よりも遙かに喫緊なものに思える。
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誰もが同意する一つのポイントは、財政の穴の深さ関する点、つまりは政府は4ポンド使うごとに1ポンド借りているというものだ。しかし誰もそれを議論しつくすことを望んでいない。これは驚くことではない。今日の財政赤字は、平時における以前のどの時期よりも上回っている。たとえ誰かがこの赤字に取り組まなければならないと考えたとしても、そのために、いったいいつ、そして何を実行するかという巨大な疑問が残る。
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少なくとも英国においては、財政赤字は民間セクターの超過の鏡像だ。さらに因果関係の方向は、後者(民間セクターの超過)から、前者(財政赤字)に向かうものだ。財政(また経済)を健全に戻す必要な条件は、民間消費の回復と純輸出の巨大な増加のどちらか、理想的には両方だ。大きな疑問は、民間消費と純輸出の回復が、先に起こるか後に起こるか、ということで、それにより政府が合理的な期間に借り入れを実施することが困難になる。先に起これば、財政の出口戦略が滞りなく実行できるし、もし後に起こるようであれば、危機が介入する事になるだろう。私は本件について楽観的だが、リスクに対して盲目的では無い。
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2007年から2009年の間、(歳入と歳出の差である)純借入は、英国の民間セクターにおいて、GDPの9.8%の高さに跳ね上がった。海外からの資本の純流入額は、少し落ちたから、倹約へのこの本質的な移行により失ったものは、政府が浪費に転じたことだろう。政府の純借入額は、2007年から昨年までにGDPの8.6%に跳ね上がった。
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では、民間セクターの構成要因をみてみよう。2007年から2009年の間、家計の超過への移行は、GDPの6%にもなている。非金融会社は3.2%だ。民間消費に対する危機の影響は、少なくとも短期間においては、イングランド銀行の金融政策の修正策を打ちのめした。
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じゃあ、政策変更を考えてみよう。財政赤字を削らないというのは、考慮する必要はない。回復と成長が持続している間に、財政赤字を削減する。これは成長の安定化であり、成長のための支出の安定化ではない。経済的な悲劇は望まれておらず、嫌悪されるものだ。
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もし実質的な財政を、(我々に言わせれば)GDPの10%削るなら、国内の民間セクターおよび海外セクターの財政超過の合計は、同程度まで落とさなければならない。これが成長と共に生じさせるべきことなら、これらセクターにおける消費の強烈な上昇が必要になる。ロンドンに拠点を置くスマイザー&カンパニーのアンドリュー・スマイザーは、そうならざるを得ないという気持ちにさせる分析を提出した*。特に、国際均衡における大幅な改善無くしては不可能だと指摘している。
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あーあ、英国の家計の純貯蓄は、ことのほか低い。これはこのセクターが1992年から2007年に大きく赤字に転じていることと辻褄があう。家計貯蓄は減るんじゃなくて、増える必要がある。それを埋め合わせるために、居住者の投資が望まれるが、これは起こりそうもない。
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スマイザー氏によると、英国の固定的な投資は、長年極めて低い。直近では、GDPの14%しかない。現在の需要と将来の成長を生むために、大幅な増加が望まれる。楽観的にはGDPの5%程度の上昇が期待されるが。さらに、わざわざ調整のため非金融会社を駆り立てるかは不明瞭だ。なぜなら、高利率(とその留保)はたぶん高い投資の条件になるからだ。総合収支はそれでも肯定的なママだ。
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結論は国際均衡(そして純輸出)が少なくともGDPの5%は移行しなければならない、というものだ。不幸なことに、シビタスなるシンクタンクのケン・コーツとロバート・ローソーンによる世をかき乱す新文書が、英国の対外的な位置づけは反対方向にあるという傾向に言及している。問題から大きく距離を置くが、ポンド安は解決手段の大部分を占めるが、それも十分ではない。製造業セクターにもっと動きを当たるように助長するよう注意が払われなければならない。エネルギー生産が低下していく途中、これは今まさに避けられない。
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楽天家の見方は、もし財政赤字が減れば、国内民間消費と国際収支は自動的に調整されるというものだ。だが、英国債の実質金利が0.6%ということ、短期でも0.5%ということ、慣習上の10年英国債の利回りは4%であること、与信と広義の通貨の低成長ということ、これらから考えるに、おとぎ話でしかない。この状況は、1981年にトーリ党が不景気期に財政政策を引き締めて成功したときとは全くもって異なっている。
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財政引き締めが、回復を引き起こすのではなく、回復によってもたらされる、ということに極めて近い。現在の財政赤字が、必要とされる経済的な調整が起こることを許容されるに十分なだけの資金調達を容易に行うことをもたらすことは無い。英国の民間セクターの超過が財政赤字をまかなうだけ十分に大きくても、少なくとも現在の値付けでは、その資金を投資すると決めるには至らないだろう。その代わりに、民間セクターは海外資産を購入するだろう。
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問題は、ポンドが総崩れになるかどうか、いつなるか、ということだ。信任の欠如は、期待の増加や長期金利の上昇を蝕む。その結果は再度の不景気と公的債務の爆発への道、両方につながっている。同時に、必須ではないにしても、(雇用の実現が望まれることの裏返しとして)特に最近の生産性の貧弱さによって、ポンドの値崩れが望まれているようにも見える。英国の最大貿易相手であるユーロ圏の需要の弱さが、まして必要とされることに、この下落を生みだしている
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英国経済について決めうる事実は、巨大で複数年にわたる経済の再均衡を仕切らなくてはならないというものだ。政策作成者は、心に次の4点を負わなければならない。その1として、投資と純輸出の本質的強化に取り組むこと。その2として、大きな経済的な調整が永続的な財政の向上に必要条件であると実現すること。その3として、必要とされる再均衡を押し出す財政赤字を防ぎもすること。最後に、 もし経済の再均衡自体が起こらなかった場合 、今日の巨大な財政赤字がいつまでも簡単に資金調達できるというようには想定出来ないこと。
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これは大層奇抜な政策実行になるだろう。どうやり通すかは、私の金曜の記事にて。

*英国、貿易超過か酷い利益見込みと財政赤字

2010年4月24日 (土)

20100330 どうしてドイツはユーロ圏のモデルになりえないのか?

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どうしてドイツはユーロ圏のモデルになりえないのか?
マーチン・ウルフ
2010/3/30

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「国家を束ねるのは、努力で主導できるかもしれないが、一方で凄まじい軋轢も生み出す。もしそうなったら、この出来事は古典的な悲劇の定義に当たる。ウブリス(傲慢)、アテ(愚行)、ネメシス(崩壊)である。」そう、1991年の12月、私は通貨統合へなだれ込みについて記事をまとめた。私は、欧州のエリート達の、欧州統合への成功への確約について承知している。しかし、危機は深刻である。ユーロ圏で、欧州連合で、そして世界で。ウォルフガング・ミュンショウが指摘したように、先週の欧州議会は解決策ではなく、ただのごまかしだ。
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直近の課題はギリシャだ。本件について欧州政府首脳は「実質的にはIMFの融資と欧州主要国の融資をパッケージの一部分に巻き込んだものとして、ユーロエリアの国家は、調整済みの相対融資に貢献できる用意がある」とした。しかし、こう続く。「あらゆる支払いは、ユーロ委員会と欧州中央銀行による調査に基づき、 強力な条件に制約され、 ユーロに属する国家の全会一致にて決定される。この仕組みの目的は、ユーロエリアの平均的な金利で融資を実施するのことではなく、可能な限り早く市場からの調達に戻る誘因を設けることだ。」
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ユーロ圏で最強国であるドイツは、その方法をとった。しかしその結果は他の国では一般的とは言えない。特に、欧州中央銀行と共に、金融政策に介入する基金を欲していないフランスにとっては。フランス大統領、ニコラス・サルコジは、彼の職にとってもっとも重い潜在的なライバルである、ドミニク・ストラスカーンによって指揮されたワシントンに本部を持つ機関(=IMF)の介入に対し、恐怖と共に注視せざるを得ない。
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でも、これがIMFあるいはドイツの巨大な勝利と結論づけるのは全くの間違いだ。この結果は、機能していない様にみえる。
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第一に、これがIMFやEUの計画になり得るだろうか?IMFが委員会に同意しなければ何が起こるのか?そうした非同意は十分あり得る。ギリシャによって同意された緊縮財政は、3年超GDPの10%に当たり、不可能にも思え、金融政策や柔軟な為替レートが無いまま与えられたものだ。たぶん、不利な初期条件を与えられ成功する計画はない。
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第二に、ユーロ圏がIMFの計画に全会一致で支援すると振る舞うことの可能性はどれくらいだろうか?
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最後に、なぜ予想された”救済”を助けなければならないのか?ギリシャの喫緊の課題は、支払われている高金利だ。懲罰的な金利で流動性に手を出すことにより、ギリシャは市場へのアクセスも持たないものの、その支払い問題を悪化させるだけだ。加えて、この支援策が提案されたころには、事態は手遅れになっているだろう。
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道のりは遠く、険しい。今や、極めてゾッとするような大きな課題を見る時だろう。一つの懸念は、不本意ながら債務不履行を受け入れるというものだろう。さらに重要なのは、ユーロ圏が如何に機能するかというドイツの見解がイマイチだということだ。
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欧州議会の大統領であるヘルマン・ファン・ロンパウは、会合の後、こう言及している。「ユーロ圏はギリシャを損なわせたりしないと、 ギリシャ債の全保持者が安心することを、 我々は、 望んでいる。」この確約を出した会合では、二つのやり方しか存在しなかった。参加国同士、お互いに賛成し合うという白紙委任を書くやり方か、あるいは、逸脱した参加国の財政(そして政府)を引き取るというやり方か、だ。ドイツは決して前者を許容しないだろう。が、政治的には後者を許容できないし、特に大国であればそうだ。そうして、ファン・ロンパウ氏の発言は馬鹿げたものに見える。
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じゃあ、より大きな点に移ろう。先週の発表で、こう言及されている「現状況は、既存の枠組みを強化、補完し、ユーロ圏の財政の継続性を確保、危機時の実行許容性を増す必要を示している。この先、経済と予算上のリスクの監督、 過度の赤字の進行を含め、 それらを阻止する手段は強化されなければならない」。
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この規制のアイデアは、周辺国の弱体化した財政基盤が、財政規律の欠如を反映していることから来ている。実際ギリシャや、より限度は小さいが、ポルトガルがそうだ。しかしアイルランドやスペインは盤石の財政基盤を持っているように見える。これらの国の弱点は民間セクターの赤字額だ。唯一民間セクターが持ち直したのは、危機後に財政支出が広がった時のみである。問題が公共セクターではなく民間セクターであるからこそ、管理は公共セクターではなく民間セクターに焦点を当てなければならない。
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でも、周辺国の資産バブルと民間セクターの与信枠拡大は主要国での実需について、成長が欠如していたことの鏡像でもある。ECBの金融政策は、ユーロ圏全体の需要拡大のため、大なり小なり適切な金利を提供するという方法である。だから、今日の金融危機の根底にあるものを問うたらすぐに、ユーロ圏の主要国とりわけドイツの貧弱な需要増を相殺してしまう、その協調的な金融政策を再び結ぶことの結果を、私たちは最終的には認識する必要がある。
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ユーロ圏内の需要と不均衡についてのこういった議論は、なにもひとりのドイツの政策者が望んでいるものではない。このケースと同等程度に、欧州議会によって言及された「改良版協調経済」への期待は、皆無だ。さらに悪いことに、ドイツは協調国がさらに少ない財政赤字に向かう急激な動きを強く期待している。世界第二位の経済たるユーロ圏は、慢性的に内需が弱い、大国ドイツたらんとするその途上にいる。ドイツとその他類似の経済は、新興国に輸出を拡大することを通じて活路を見つけようとするに違いない。より基盤の弱い協調国にとって、とりわけコスト競争力が無く重荷な国にとって、この結果がもたらす数年の停滞は、ベストと言える。これが大げさに賞賛されている「持続性」というやつだろうか?
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通貨統合のプロジェクトは巨大な課題に直面している。ギリシャ危機を解決する簡単な方法は無い。が、より大きな問題は、ユーロ圏がドイツが望むようには機能しないということだ。以前私が指摘したように、ユーロ圏は、巨大で過度な供給の輸出によってドイツ化するか、大部分のユーロ圏経済が長引く不況に入り込むか、あるいはその両方となるだろう。ドイツはドイツたり得るだろう、他国がそうなり得ないから。もしユーロ圏自身がドイツ化しても、私には機能するようには思えない。
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明白なことに、差し当たりドイツはドイツの道を行くが、しかしそれが望むようには、ユーロ圏の成功を導くことはできない。巨額の財政赤字は、危機の徴候であり、結果ではない。二律背反なく充足させる方法はあるだろうか。私に見える限りは、無い。真に戦慄する事態だ。


2010年4月17日 (土)

20100325 英国を危機に追いやる「未来への逆戻り」

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英国を危機に追いやる「未来への逆戻り」
マーチン・ウルフ
2010/3/25

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31年前、1979年5月の選挙以降、英国は1997年に一度政権交代があり、そして二人の支配的な政治家がいた。1979年から1990年まで首相を務めたマーガレット・サッチャーと、1997年から2007年まで首相を務めたトニー・ブレアである。

これらカリスマ的な政治家が規定した時代は、去った。これは、大蔵大臣であるアリスター・ダーリンによって予算がもたらされるということから引き出される教訓である。
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この先に横たわるのは、手厳しい選択肢の時代だ。そこは、政治家が落胆を伴わず何かを作り上げることができる場所だろうか。

ダーリン氏は、首相であるゴードン・ブラウンでもなく、私が見る限り野党である保守党のデービット・キャメロンでもない。前に広がるのは、緊縮が見込まれる時代だ。
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サッチャー夫人(いまや、女性男爵だ)は信念から、英国の相対的地位低下を止めようとした。

彼女は、労組の力を砕き、インフレを抑え、州の地位を押さえ、公的機関の民営化を進め、市場の再結束を促した。ブレア氏はこれら旧施策を受け入れ、そして最初の任期において、公共機関の成長結果を浪費することとなった。
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財務経済危機は、これら指導者たちの旧施策に、甚大な被害をもたらした。その反動として、政策は後退している。政策は絶えず前進しなければいけないにもかかわらず、だ。
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サッチャリズムといわれる経済的旧施策の結果は、アタり続けていた。予算に関して言えば、1997年から2006に掛けて、40%の経済成長と 13%の財務的な介入増をもたらした。生産物の貢献は、ほぼゼロに近い。これらは、市場の成果だ。

英国経済は、他のヨーロッパの大国よりも迅速に拡大した。そしてなお、その成長は満足行くものでかつ持続可能に思える。そして 財務危機後の現在、市場原理の要諦、つまりは市場の信任は、公共の場や政府そして保守党(野党)幹部から閉め出されている。

市場の欠陥が示した症状は、イングランド銀のアンドリュー・ハルデインによって「借金二日酔い」と明察されたものだ。
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仮に危機がサッチャリズムの根幹を揺るがしたとするなら、ブレアリズムもまた、深刻に揺るがされたと言える。

公的セクターを広げることで経済は自動的に必要とされる利潤を生み出す、という仮説は、市場は自動的に安定と持続可能な繁栄をもたらす、という仮説と、同じくらいに間違いと分かっている。

実際のところ、これらはまったく同じ、経済に関する内在的な仮説だ。
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じゃあ、大政党が今、推し進めているのは、どんなシナリオなんだろうか。
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みんなが思うところはハッキリしている。投票者であるあなた方は、真実を聞きたいとは思わないだろうし、我々だって、あなた方にそう強いるつもりもない。

加えて、労働党が言うのは、我々は、我々を支持してくれないだろう人々の利潤と引き換えに、税を導入するだろう、ということ。

反対者たちが、考え得る限りもっとも期待しない損失、つまりは、4年分のGDPの成長の消失させ、しかも上向いた収益を叩きつぶす損失を与えるということ。

これは、少なくとも政治的には合理的と言える。さらに、労働党は、詳細な計画の載った長大な一覧を持って、いっそうあからさまに、かつ自信満々に介入者として振る舞っている。”古い”労働党とは言えないにしても、”新しい”労働党とも言えない。
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しかしながら、ほとんどの労働党員は真実を隠すことを望むかも知れないが、もし彼らが選挙に勝てば、公共支出に火をつけることになる。

金融研究所のディレクター、ロバート・ショトは、木曜の時点でこう言及している。「政府は公共支出の総計が、2010年ー11年期からの実質4年超、ほぼ横ばいだと見込んでいる。もっともらしい仮説をたてるなら、公共機関とその管理の支出が、この4年間は年平均3.1%の減少、2014ー15年期まで実質的に11.9%、累積で46億ポンドの減少になる必要があると英国政府は考えていることになる。これが示すのは、政府が11ー12年期、12ー13年期に、’保護する‘ことを考えていない領域では、平均して5.3%から7.1%の間で削減されるということだ。」

これは、労働党と公的セクターの対決、つまりは政治的な血の海に至るだろう。もし労働党が仮に勝つとすれば、政府と公的セクター連合が1976から1979年に争った闘争くらい大きなものにになる。
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一方、保守党はというと、今やサッチャリズムの真実性を剥奪されており、もはや快適な立場にはいない。彼らの財務政策が労働党のそれとまったく異なるものであるフリをするが、金融研究所によると、異なる引き締め策は、15ー16年期のGDPの0.6%というほど小さなものに過ぎない。この災難の中で言うなら、空騒ぎでしかない。

それを置いておいても、保守党の示す概要は、’変革の時だ’、‘ルールを変えよう‘というように見える。これもまた、英国をサッチャー以前の政治的な時代に逆戻りさせるものだ。
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危機が、経済的そして政策的な新時代の最後を記録している。大政党は、どう反応して良いか検討もつかない状態だ。
しかし、危機を認識し対処することから離れ、未来の経済成長に関する考え得る仮定の下、公共財務について、人々が考慮を望むよりももっと急進的な判断を大政党がする必要があり、
政党指導者たちは、何年にも渡る緊縮と幻滅の申し出よりも、もっと刺激的な何かを見つけなければならない。
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勝つにふさわしい政党は、失望のない機会を生み出すシナリオと政策を作る必要がある。
競争は必要であり、堅牢でもある。しかし英国はこれらクオリティよりももっと上を必要としている。おまけに’目を見開かせる何か‘である必要がある。私は近く引き起こされる転回的な選挙に関する、これら挑戦について論議していきたいと思う。